沿革

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沿革

まちの概要

 海から開かれた浜中町は、釧路地方の最東端に位置し、厚岸町・別海町・根室市に接しています。東南は太平洋に面しており、霧多布半島を形成し、厚岸霧多布昆布森国定公園の一角をなしています。陸部は中央を東西に走る鉄道、南部は森林、牧草地帯、北部一帯は農村地帯で平坦な丘陵性台地を形成しています。

浜中町の位置

東経 145°19' 52"
144°55' 24"
北緯 42°59' 30"
43°14' 33"
面積 423.63㎢ 東西33.4㎞ 南北29.9㎞

まちのおいたち

 この地に和人が足を踏み入れたのは、遠くは寛永年間(1627年以降)であり、元禄14年(1701年)に厚岸場所を割いて松前藩のキイタップ場所が開かれたのが本町のはじまりであり、まさに海から開かれたまちです。
 明治2年7月函館に開拓使が設置され、同月蝦夷は北海道と改められましたが、この時から当地方は佐賀藩の支配地となりました。同藩では、はじめの定住者となる12戸の農耕民を移住させました。以来、明治39年霧多布外1町4カ村を合わせて浜中村と改め、2級町村制を施行、国鉄根室本線が開通した大正8年、1級町村制を施行しました。
 農業は大正6~7年頃に農業移住者が入りはじめ、同12年には114戸の農家が入植しました。昭和30年には茶内原野を中心として高度集約酪農経営地帯の指定を受け、本格的な農業経営がはじまりました。
 一方、漁業は、昭和22年霧多布港の築設工事に着手、同31年には散布魚田開発基地の指定を受けました。
 本町は、昭和27年の十勝沖地震津波、昭和35年のチリ沖地震津波により大きな災害に見舞われましたが、この後17㎞に及ぶ防潮堤が建設されるなど、驚異的な復興を成し遂げました。
 昭和38年8月1日に町制施行、昭和53年10月に開町100年を迎えています。
 その後、平成5年の釧路沖地震、平成6年の北海道東方沖地震と連年で災害を受けましたが、これらも見事に復興しました。
 地震・津波や大雨等の自然災害に関し、町民にいち早い情報伝達ができるよう、平成7年度には町内全戸に防災行政無線を設置しました。平成13 年度には水門や陸閘等を集中監視・制御できる津波防災ステーションが完成しました。さらに平成22年度、海岸地区の防災行政無線のデジタル化整備が完了しました。
 このような中、平成23年3月11 日、東日本大震災に伴う津波が発生し、本町の沿岸においても漁業関係施設や漁船、港湾を中心に大きな被害を受けましたが、海岸線を囲む防潮堤、津波防災ステーションからの遠隔操作による水門・陸閘の閉鎖、防災行政無線を活用した避難指示が効果を発揮し、幸いにも人的被害はありませんでした。
 さらに令和2年12月、防災機能を備えた役場新庁舎が完成し、町民の生命と財産を守る災害に強いまちづくりを目指しています。
 なお、平成26年には開町135周年、町制施行50周年を迎えております。

本町の特性

産業

 本町は、農業と漁業をはじめとする第一次産業を中心に発展してきたまちです。
 農業においては、足腰の強い酪農を目指し、昭和45年から着手した国営総合農地開発事業が平成3年に完成しました。全国に先がけて乳質、土壌・飼料等の解析を行う酪農技術センターを有し、生産技術を高める取り組みや新規就農者研修牧場を核に農業者の技術向上と地域に適合する営農技術体系の確立による農業の活性化を図っています。平成13年からは国営環境保全型かんがい排水事業に着手し、食糧の生産・供給基地としての役割と自然との共生を図りながら豊かな酪農郷を目指しています。
 漁業は、昆布漁を中心とした沿岸漁業とサケ・マス漁等の沖合漁業に分けられますが、近年、海洋環境が変動し、秋サケやサンマが記録的な不漁の状況にあります。一方、ウニやタコは、増養殖事業の成果により漁獲が増えています。令和3年3月22日、「浜中町ウニ種苗生産センター」が完成したことで、種苗生産から水揚げまでの全工程が町内で行えるようになり、純度100%の浜中町産ウニの生産が可能となりました。また、地場産品の開発にも目を向け、一次産品に付加価値を高めるため「地域経済活性化促進奨励助成制度」や製品開発加工体験施設(Mo-TTOかぜて)を設け、試験・研究・開発を促進し、1.5次産業や増養殖事業の推進に努めています。
 観光においては、霧多布湿原や霧多布岬などに年間約30万人の観光客が訪れており、浜中の自然とそのすばらしい景観を前面に打ち出すととともに、ルパン三世の原作者である故モンキー・パンチ氏(故加藤一彦氏)のふるさとであり、ルパン三世を活用した観光振興と地域活性化に取り組んでいます。

生活環境をとりまく自然的特性

 本町の地形は約67㎞に及ぶ海岸(砂浜)の曲線美と大自然が創りあげた奇岩・絶壁、大小の島々など比類のない景観を呈しています。
 霧多布湿原は3,168haの広さを有し、令和3年3月30日に国定公園として指定され、春・夏にかけて咲き誇る草花は数百種を数えます。なお、湿原の中央部803,46haは「霧多布泥炭形成植物群落」として、大正11年に国の天然記念物に指定されています。このことから、国際的・学術的にも注目を集め、平成5年6月にラムサール条約登録湿地に認定され、リーディングプロジェクト「自然とふれあいの里づくり事業」により、同年霧多布湿原センターを建設しました。
 このように「わがふるさと」は道東地域屈指の自然を有しており、広大な酪農地帯も含め、環境の保全に努めています。浜中町の豊かな自然は、ここに暮らす人々の誇りであり、次世代に継げる財産です。

この記事に関するお問い合わせ先

浜中町役場 総務課 情報広報係
〒088-1592 北海道厚岸郡浜中町湯沸445番地
電話番号:0153-62-2246

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